Memo

メモ、お返事、雑感

No.2836

夏油は夏油であるがためにああいう道を進んでしまったけど、そこに五条の影響は何もないんだよな。
夏油の選択はあの状況からの夏油自身の選択。
五条の覚醒やその時の環境やら精神状態の異常さが加わって正常な判断ではなかったんだな、と解釈はできてもあの行動をとることそのものに五条の影響は微塵もないのが、夏油らしいなという思いと五条にできること本当に最初から何もなかったなぁってことを改めて突きつけられて遣る瀬無い。

逆に今の五条って夏油がいなければこうなってなかったよなの固まりで本当になんていうか、在り方の違いというか愛情の示し方すら重ならなくてうまいことやらないといっしょに生きてくの本当に難しい二人なんだなぁと思った。

五条は例え夏油がどんな選択をしようと自分といたいと望んでくれたならどんな手段でも使ってそうしただろうなと思う。
でも夏油は自分自身を正当化しつつもその道が間違ってることも理解してたから、五条のそばにいることを望むことをもうその時点でも考えなくなってただろうな。
自分の力が五条に及ばなくなったこととはまた無関係に、五条に彼自身の意思で自由に生きてほしいと望んでたんだと思うな。
自分の考えを善悪の指針にしてるのなんとなく気付いてた前提で語っていますけども。
実際どうなのかねここも。五条にとってそこまで自分の発言や思想が影響あったとはさすがに思ってない気がする。

ただ、他の誰の言うことも聞かない五条が自分の言うことには反発しつつ耳を傾けてくれる事実には気付いてくれてたらいいな。
非術師を殺した後はさすがにもう自分の意見なんて聞かないだろうみたいな自暴自棄さもあったかもしれない。
それでも最後に「殺したいなら殺せそれには意味がある」と残して去っていくわけだが。

中村悠一が五条は夏油の残したものを抱えて生きていくために一人称を僕にしたんじゃないかという解釈を述べてたけど、これに則してあの頃の夏油が残した指針を元に自分の夢を見つけ方法を学び、弱者への慈しみを育んでいったのかなと今は思っています。
夏油にとってみたら五条は自分を必要としなくなったように感じたのかもしれないけど、五条にとってもあの日夏油に自分は必要なくなったと言われたようなものじゃないかなと。
でもだからこそ夏油だったらこういうふうに生きるだろうと(意識してか無意識かはわからないけど)見つめなおして自分の道を歩み始めたのだと思う。
夏油を殺したのは本当に五条にとっての愛だと思う。
絶対本当に心の底から殺したくなかったと思う。
だけどあの日からずっと抱えて生きてきた自分の中の夏油は、呪詛師として百鬼夜行を起こした夏油を許すはずがないだろうからそれに則して殺すしかなかった。
そして他の誰にも夏油を終わらせられたくなかったろうから。

でも本当の本当は夏油本人が望むなら、五条のそばにいてくれることが五条にとっては何より望むことだったんだよなぁ。

ここ、おそらく五条は強引にそばいさせたかったとは思ってなくて、あくまで夏油に選んでもらって自分のそばにいてもらうことが重要なんだよなぁ。

どこまでいっても夏油自身の意思と選択を重んじて尊んでいる、だからこそ夏油を終わらせなくてはならなかった。

悲しい
#五夏